2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

01日目 ~独房、暗殺、新天地~ (前編)



 正直、ここがどこだか分からない。今いるところはどうやら独房だ、その程度は分かる。石造りの冷たい床と石積みの冷たい壁。申し訳程度の燭台と外から差し込む陽の光とで分かる限りでは、鍵のかかった鉄格子の門、壁と天井から吊るされた鎖と枷(かせ)、机と椅子、机の上に置かれた水差しとコップ、そしてこの独房の先輩であっただろう白い亡骸。

 身を包む鎧の代わりにあてがわれたのは、丈の合わない粗麻の服。兜も盾も無く、自慢の片手槍も没収とな。相棒の怪鳥にまたがり戦場を駆けた騎士とは到底思えないナリに思わず小さく自嘲したのは、この独房へ入れられて何刻何日経った頃だろうか。


「起きろ! 何か言えよ。ああ、そこにいたか。そっちの檻はどうだい、んん? 居心地がいいだろう?」


 
 鉄格子の向こうの独房にも先輩がいる。もっとも、こちらはちゃんと血の通った……にしては血色の悪い人間が住んでいた。肌の青黒いDark Elf(ダーク・エルフ)―この世界ではもっぱら"Dunmer(ダンマー)"と呼ばれる人種―の男がこちらに呼びかけた。


「知っての通り、俺はもうすぐ釈放される。直に自由の身だ。お前はまだ、このねずみの寝ぐらで、刑の執行を待っているんだよ」



 刑……刑ね、一体ウチが何の罪を犯したんだろうかね。船が難破して漂流した先が異国なら罪になるっていうんだろうかね。なるんだろうね。ウチから言わせれば『新大陸発見!』とかいう話なんだけど、こちらさんから言わせりゃ、言葉もイマイチ伝わらない未開の土人が密入国したってことになるんだろうかね。まったく。


「あんたみたいな犯罪者は帝国に汚名を残すぜ、分かるだろ?」

「知らんがな」



 思わず口をついた。この国が王国だろうが帝国だろうがウチの知ったこっちゃない。さっさと自分の国に帰りたい、帰らせろ、というか早くここから出せ、ばか。


「一番良いのはお前が消えることなんだよ」



 ウチの国じゃあ自分や他人を遠距離までテレポートさせられる魔法使いがいるのだが、残念ながらウチは騎士であって魔法使いの類ではない。この独房の先輩に言わせると、そんな魔法は無いという話なのでお見せ出来ないのが残念だよ。

 そんなことを思っていると、鉄格子の向こう、おそらくこの部屋の入り口らしき場所の扉が開いた音がした。囚人の食事のために給仕が来ることがあるが、給仕なら1時間ほど前に来たばかりだ。そうすると……。






「おう、聞こえるか? ガード達が来たぜぇ。お前の為に!」



 そう言うと二流三流の嘲笑とともに、血色の悪い先輩は自分の独房の奥へ引っ込んでしまった。代わりにこの"ねずみの寝ぐら"に聞こえてくるのは、複数人の話し声。ウチの刑の執行にしちゃ早くないかい? かと言って釈放というのも無いだろうし。せめて少しは弁明する機会でも貰えないかねぇ。


「せがれは…みな殺されてしまったのだろうか?」



 ……ずいぶん物騒な話が聞こえてきたな。少なくともウチは、こっちに来てから殺しはやっちゃいないぞ、まだ。


「現在の私の使命は、陛下を安全な場所までお連れすることです」



 語尾に"(キリッ"とか付きそうな台詞とともに現れたのは、兵士風の男女―おそらく今の女の方が上官っぽい―と、大層な身なりの白髪男。……"陛下"って言ってなかったか?


「この囚人はここで何をしている? この檻は使用禁止のはずだが」

「見張りの手違いかと、私は…」

「気にするな。その扉を開けるのだ」



 ああ、やっぱりこの女の方が上官だったらしい。その女上官がこちらを向いて一言。






「後ろに下がれ、囚人よ。邪魔をするなら、この場で斬り捨てるぞ」



 は? 何言ってんのこのアマ。ウチを誰だと思ってんの? 戦場に立てばその人ありと言われたかもしれない……言われてたような気もするウチに向かって斬り捨てるだぁ? ウチはその言葉を確認するとズカズカと歩を進めた。後ろに。壁にぴったり付くまで後ろに。

 それを確認した兵士―女上官にぴしゃりと言われた男―は鉄格子の鍵を開けて中に入ってくると、ウチに向かって手で制した。


「大人しくしていろよ」



 はい。大人しくしてます。さすがに武器も鎧も無しで完全武装の兵士達にたてつく気なんてござーません。はい。


「よし、行くぞ。我々はまだ脱出できた訳ではないのだ」



 そう行って女上官の先導で"陛下"とやらも入ってきた……後ろにさらにもう一人兵士がいた。やっべ、たてつかなくて良かった。さすがに百戦錬磨と言われてたかもしれないウチでも、兵士3人と同時にやり合うのは難しいよねぇ。






「そなた…そなたには見覚えがある…」



 は? "陛下"とやらがこっちの顔をまじまじと見ながら近づいてきた。紫のガウンに金と赤のローブ。そして首から下げた真っ赤なアミュレット。"陛下"と言うぐらいだから王冠の一つや二つ付けてるもんじゃないかと思ったが、頭には何もかぶってなかった。髪は……地毛だろう。そんなオエライ"陛下"が、この国に流れ着いたばかりのウチを見覚えあるとか言って近づいてきた訳だ。


「夢で見たのはそなたか……」



 ……何かの宗教か? "陛下"とやらはその教組? しかも十中八九カルト系の。


「星々のお告げは正しかった。そしてその日は来た。神々が私に力を授けてくださる」



 ごめんなさい、ウチは神様を信じない教の信者なので勧誘はお断りしていますの。と言ってやりたかったが、ここは話を合わせておこう。こんなんでも守ろうとしてる兵士がこっちをガン見してるしね。


「え~…何が起こっていルンですか?」



 やべ、声裏返っちまったぞ。でも特に気にしてないみたい。というか流れ者のウチだから、言葉の訛りとか思われたんじゃないかな。


「せがれたちが暗殺者に襲われた。次は私の番だ。Blades(ブレイド)が私を都市の外へと導いてくれる。この秘密の通路を使ってな。偶然にも、逃走用通路の入り口がお前の牢屋にあったのだ」



 牢屋に秘密の通路……それじゃ囚人を閉じ込めておけないわな。だからさっき女上官が"この檻は使用禁止"とか言っていたわけか。そう考えながらウチはこの"ねずみの寝ぐら"を見回した。あれだろ、椅子……いや、机を動かしたら隠し通路が出てくるんだろ。


「ウチは何で刑務所にいるんですか?」

「おそらく、そなたがここに居るのは、私と合わせるための神々のご意思だろう。そなたの過去…それは問題ではない」



 ……いや、まぁ……問題の無い過去だったかと言われればそうとも言い切れないような……特にセクハrいや何でもありません。そんなイロイロな過去が走馬灯状態のウチを置いて話はまだ続いていた。


「そなたには知る術もないだろう」



 過去を知る術が無い……それって暗に、ウチが元居た国に戻れないってことか?


「あなたは一体何者?」







「私はこの国の皇帝、Uriel Septim(ユリエル・セプティム)だ。神々の御力によって、私は統治者としてTamriel(タムリエル)に仕えている。そなたはTamriel(タムリエル)の市民。そして、そなたなりにTamriel(タムリエル)に仕えるのだ」

「ウチはあいにく神は信じない。ウチの道はウチが好きなように行く」

「皆同じだ。だが、全能の神が下す終焉に、一体誰が抗えるというのか」

「どうか、陛下、先をお急ぎください」



 女上官がしびれを切らして話を止めさせ、壁の石の一つに触れた。途端に砂埃とともに壁が扉のように、いや、扉が開いて通路が現れた。くそっ、そこにあったのか。


「ここは閉じない方がいい。反対側からは開けらないのです」



 この牢に入ったときと同じように女上官の先導で"陛下"……皇帝、Uriel Septim(ユリエル・セプティム)を護送していく。






「運が良かったな。我々の邪魔だけはするなよ」



 そう言って続いたのは女上官にあごで使われる最初の男。


「道を開けろ、囚人よ!」



 あ、ごめん。3人目の兵士の存在を忘れてたわ。付いていこうとしたら文句言われた。3人目の男兵士は比較的若い、青年といった感じか。まぁウチは永遠の18歳ですが。

 階段を下りて先に進むと、薄暗い中にヒカリゴケの生える神殿風の場所が現れた。大小不揃いの石が不規則に積まれていた牢屋と違い、真四角に切られた石を綺麗に敷き詰めた床―ところどころ崩れてはいる―、彫刻の施された壁、天井を支える円柱、オレンジの炎に輝く女上官。

 え?






「隊長がやられた!」



 女上官あらため女隊長は、突如現れた謎の暗殺者の一刀の下に切り伏せられた。暗殺者が持ってるのは炎の属性剣か何かだろうか、一瞬にして女隊長の身を炎に包んだ。しかし残りの男兵士2名がすかさず抜刀し、逆に暗殺者を切り捨てた。突然の出来事にウチはただあっけに取られて立ち尽くすのみで、何も出来ずじまいだった。いや、手を出すべきかどうかという点もあったかもしれないが……それはただの言い訳かな。


「お怪我はありませんか、陛下? ひとまず、片付けました」



 ひとまず……か。どうやらこの襲撃が一度で済むとは思ってないんだろうな。暗殺者側としては確実に仕留めるために、第二第三の刺客を用意しているだろうと。逆に言えばそれだけ重要な人物だということか。


「Captain Renault(ルノー隊長)は?」







「亡くなりました。恐れながら、陛下、先を急がねば」



 女隊長……名はRenault(ルノー)と言ったのか。まさか名前を知るは死んだ後だとはなぁ。


「どうやって我々を待ち伏せていたのだ?」

「分からない。しかし戻るには遅すぎる」

「心配後無用です、陛下。必ずあなた様を脱出させます」



 そう言ってたどり着いたのは、階段を少し降りた小さな部屋。崩れかけた壁と背の丈を越えた高さにある扉。おそらく暗殺者はここから襲撃してきたのだろうが、高すぎて登る気になれない。残ったのはすぐ目の前にある、格子の扉。


「奴等はBlades(ブレイド)を甘く見たことを後悔するでしょう」

「もう少しです。さあ、参りましょう」



 格子の扉の鍵を開け、先へ進む……その前に若い方の男兵士がこちらに向いて一言。






「ここにいろ、囚人。我らの後についてくるな」



 え。

 若い方はウチを手で制すると、最後に格子の扉をくぐり……さらにその奥にある木製の扉をくぐって……鍵を閉めた。

 え。

 どうしろと? とりあえず道はあることにはある。背丈を越える高さの奥に扉が。無理すれば上れないことも無い。ただ、鍵が開いている保証は無いし、どちらかといえば暗殺者が居る方に近いルートと思われる。

 他に道は無いか? 例えばあの崩れかけた壁が実は壊せて、その先に道があるというパターン。うん、ありえなくも無い。ほら、今にも崩れそうだし……。





 頭で考えるよりも先に動いた。壁の方が。正確には壁の向こうに居た奴がご丁寧に壁をぶち壊して襲ってきた!

 まじかよ! こっちは素手に露出の激しい囚人服というナリなんだぞ! そんなこともお構い無しに飛び掛ってきたナニカに対して、反射的に手を向けていた。

 ギャッ!!

 何だ!? 何かよく分からんが飛び掛ってきたナニカは突然炎に包まれた。それを確認するより早く、もう一つの影が同じく飛び掛ってきた!


「ええい! わからん! こうか!?」



 とにかく手を向ける。かざすと表現するほうが正しいか。まるで魔法を放つかのように……魔法!? ウチは超近接肉弾型の騎士だったはずだぞ!?

 しかし、先ほどと同じようにもう一つの影も炎に包まれた。正確には、ウチが手をかざすと炎の玉が相手目掛けて飛んでいき、その影に見事ヒットしたという感じ。おいおい、何か知らんがいつの間にかウチは魔法が使えるようになったらしい。その証拠に、ウチを襲ってきた影は足元に転がっている。






「ネズミか」



 ただのネズミにしては図体が大きすぎる。ネコぐらいの大きさはあるだろうか。崩れかけた壁とはいえ、体当たりで壊せるぐらいの力を持っているようだ。その崩れかけた壁は、人が余裕でくぐれるぐらいにまで大きな穴を開けている。先を見ると薄暗いが道があるようだ。


「しかし、たかがネズミとはいえ、こんなのがゴロゴロいる中に徒手空拳で突入するのは無理があるな」



 辺りを見回すと、暗殺者の死体が転がっている。気づかなかったが暗殺者は4人も居たようだ。その暗殺者に不意打ちで一撃死した女隊長と、そんな暗殺者4人を瞬く間に制圧した男兵士2人……。なるほど、女隊長は頭脳労働派だったというわけか。その女隊長のそばには刃こぼれしてない綺麗な剣が一振り。片刃で細身、刀身に若干の反りがある。






「カタナか」



 ウチも騎士の端くれ、武器の知識ぐらいは持っている。もっともウチの専門は槍、しかも軽身の片手槍だったがな。しかしこの際ぜいたくは言ってられない。新品同様のカタナを当面の武器として使うこととして。


「防具は……無いな」



 襲撃してきたときには全身フル装備だった暗殺者も、事切れると全身ローブ姿に変わっていた。どういう仕掛けかはさっぱり分からんが、これも魔法のなせる技なのかな。ウチの国にも魔法で防御力を高めたりする技術はあったしな。

 女隊長の方を見ると、こちらは鎧がちゃんと残ってるが、ばっさりと抉れていて使い物にはならなさそうだ。


「仕方ない、ちょいとこいつをお借りしますよ」







「よし、完璧だ! 丈の長さを気にしなければ!」



 結局のところ、女隊長から武器と松明を、暗殺者からローブを拝借することにした。ローブのポッケにはポーションが入っていたので、そのまま頂くとしましょう。

 松明に火を点けて、いざ壁の向こうへ。見た感じ洞窟っぽいが、石積みの壁や井戸なんか見るところ、人の手が入ってる感じが見て取れる。今まで居た神殿風の名残りがあるところを見ると、同じ構造の造りのようだ。


「そこっ!」






 井戸の影から飛び出してきたネズミに、すかさず手をかざす。先ほどと同じように炎に包まれるネズミ。う~ん、こいつは便利だ。何てったって抜刀するタイムロスが無くて済む。ナイフみたいに刀身の短い物なら抜き身のままでも良いが、カタナを抜き身で持ち歩くような気はさらさら無い。下手すりゃ足の2本や3本、平気で無くしかねないからな。まぁ冗談だが。慣れない獲物で自分がケガしたら世話無いし。





 唐突に扉。しかも鍵がかかっている。誰か鍵をかけたんだろう。特に、足元に転がってるゴブリンあたりが。あ、言っておくがウチは何にも手を出しちゃいないぞ。たまたま死体が転がっているところに出くわしただけなんだから。何もやっちゃいないぞ。まだ。これからやるんだよ。鍵探しを……な。あった。案の定持っていた。

 しかし何かね。ゴブリンとはいえ何でこんなところに転がってるんだろうか。ここらのネズミに襲われたんだろうかね。でも、なんで内側から鍵をかけてたんだ? そもそも、ここへはこの鍵のかかった扉しか道は無かったんだろ。ネズミが壁を壊すまでは。となると、既にどこかで襲われて、ここまで逃げ込んだけど傷が元でお亡くなりに……というパターンかな。もしそうなら、この先にこいつを襲った奴がいるってことか。とにかく先に進もう。ウチはゴブリンの持っていた鍵で扉を開けた。

 その先、ネズミがたまに襲ってくるが、難なく焼きネズミにして先に進む。目の前には曲がり角。少し光が差し込んでいるように見える。そしてその曲がり角から飛び出してきたネズミ。


「またか」



 懲りずにやってくるネズミに向かって手をかざそうとしたが、どうもおかしい。こいつら、ウチの方を見ちゃいない。まるで何かから逃げてるようなうわあっ!






「ゾンビだ!」



 ネズミに続いて現れたのはゾンビ。消費期限の切れた体で全力でネズミを追い掛け回している。逃げ遅れたネズミがゾンビの手にかかって壁に打ち付けられた。するとそれに気づいた他のネズミが、意を決してゾンビに向かっていくではないか。まさに"窮鼠猫を噛む"を目の当たりにした。だが正直言ってネズミがゾンビに勝てるとは思えない。ネズミが全部死ねば、次の獲物は多分ウチだろう。


「決断は迅速に。そぉい!」






 炎に包まれたゾンビがこちらに気づくと、まだ消えぬ炎をまといながら目標をウチへと切り替えた。1発じゃ耐え切るか。ならもういっちょ!

 グゥオオォォゥ…

 おめでとう! ゾンビ は 焼きゾンビ へ しんかした!





 やれやれ、さっきのゴブリンはこいつにでも襲われんだろうかね。相手がゾンビなら走れば逃げ切れるが、手負いだと厳しい。なんとかさっきのところまで逃げて、鍵をかけたといったところか。でもな、普通ゾンビって扉開けられないだろ。ゾンビが器用にドアノブを回して「おじゃましまーす」ってはならんだろうよ。

 さて、生き残ったネズミは、こちらを恐れるかのように逃げていった。ウチも襲ってこなけりゃ無理して命まで取ろうとは思わんしな。ネズミだから金目のものを持ってるとも思えんし。引き続き先へ進むことにした。曲がり角の先には、崩落した天井とそこから差し込む光。





 さっき見えた光はこれか。この上の層はもう少し綺麗な造りをしているようだ。しかし上るには高さがありすぎる。どこか別なルートでもあるんだろう。上へ行くのはひとまず諦め、さらに先へ先へと進む。

 ここは面白い構造をしているらしく、時たま壁に通気口のような隙間が開いている。このように。






「どう見ても宝箱です」



 ウチがいた国は冒険者稼業がインフレを起こしていて、ほとんどの遺跡は盗掘済み。宝箱なんてほとんどお目にかかったことは無かったが、この国はちゃんとダンジョンの王道を行ってるらしい。嬉しいねぇ。


「鍵さえかかってなけりゃあなぁ」



 ウチはローブのポッケからLock Pick(ロックピック)を取り出すと、開錠に挑んでみた。さっきのゴブリンが持っていた鍵もやってやれないことは無かったのだが……まぁ、なんだ。あんまり器用なことって苦手なんだよね、ウチ。






「はい、また折れたぁ」



 このLock Pick(ロックピック)、大層な名前だが言ってしまえば単なる針金。ちょいと先端を曲げてるってだけなんだが……いかんせん折れやすい。無理にこじ開けようとすればするほど折れる。そして折れれば折れるほど、どうでもいいやという気持ちになって集中力が途切れる。そしてまた折れる。なんとも心折(しんせつ)な無限ループである。ようやく開いた頃には足元に転がる針金の残骸は2桁に達していた。


「やっと開いたぁ。これだけ苦労したんだ、良い物が入ってるんだろうなぁ」



 Lock Pick(ロックピック)2本が入っていた。


 ・


 ・


 ・


 ・


 ・




 ようやく正気に戻ったのは、折れたLock Pick(ロックピック)の数だけ焼きネズミを作り上げた頃だった。目の前の十数匹目のネズミが炎に包まれたとき、ふと視界の隅に光るものが見えた。







「これは……ルビーかな?」



 あまり質の良くないFlawed Ruby(傷物のルビー)が、誰かの亡骸と一緒に無造作に転がっていた。ゴブリンは光物が好きだという話だから、この亡骸もゴブリンなのかね。目の前の宝箱は期待しないで開けてみた。ポーション4個。正直"当たり"の方だろう。あの後も宝箱はあったが、大きな箱に硬貨3枚とかLock Pick(ロックピック)2本とかその程度。鍵のかかってない宝箱もあったが、鍵のかかった宝箱より良い物が入ってることが多かったので、ウチはもう宝箱に過度な期待はしないようになった。






「田舎の軒先に吊るしてありそうだな」



 行き着いた先には、次へと進む扉と、これ見よがしに吊り下げられた連なる白い玉。野菜の吊るし干しのようにも見えるが、その正体は……。





 頭蓋骨。ドクロ。しゃれこうべ。言い方は様々だが、とにかくそれが吊るされていた。大きさは子供の頭ぐらいだろうか。おそらくゴブリンのものであろう、それ。何のために吊るされているかは知らんが、気味の良いものではない。


「悪趣味だな」



 ウチはかまわず扉を開いて先に進んだ。





 中に入ると、今度はゴブリンの巣に出くわしたらしい。見張りをしてる風のゴブリンがこちらに気づいて襲い掛かってきた。


「あまいっ!」



 飛び掛る前に1発。飛び掛ってきたのをバックステップでかわした後にもう1発。炎魔法を連続で叩き込むと、ゴブリンは地に伏した。





 ゾンビよりは素早いが耐久力に欠けるといったところか。集団で襲われると対処に苦しむな。ネズミなら1発で片が付くが、ゴブリンなら2発必要。2発目を打つまでのタイムロスや近づいてくる早さなどを考えると、1体ずつ相手にするのが望ましいが。ん?

 ゴブリンのそばにある木箱に目が行った。






「すり鉢にキノコ……それに毒々しいポーションか」



 ゴブリンの癖に調剤でもやっていたのだろうか。ポーション作りはウチの国でもよく錬金術師がやってるのを見かけたが、それはこちらの国も同じということか。


「何かの役に立つだろう。全部貰っていけ」



 冒険の鉄則。意味の分からない物でもとりあえず持っていく。後々使う機会があるかもしれないし、必要になった時に必ずしも取りに行けるとは限らないからだ。持ちきれなくなったら売るか捨てれば良い。

 ローブのポッケに入れて先に進むと、いかにも罠ですと言わんばかりにピンと張ったロープ。目の前には背を向けたゴブリン。ロープを伝った天井には重りが。


「おい、ゴブ公」






 ゴブリンが振り向いたの見計らって、おもむろにロープに引っかかる。すると当然、天井の重りがこちらに向かってきて……。

 ゴン! と鈍い音とともに、ゴブリンの後頭部に直撃。あわれゴブリンはウチの横をすり抜け、大きく吹っ飛ばされたのでありました。罠を仕掛けるにしても立ち位置が悪かったな。





 ゴブリンの巣にもご丁寧に宝箱が転がっていた。ゴブリンの癖に鍵をかけるという高度な仕掛けをしていたが、この程度ならば開錠するのにそう苦労はしない。まぁ2、3本は使ったがな。中身は……聞くな。


「ん? 物音?」



 先の方に目を凝らすと、何やら積み上げられた丸太から音がする。バン! バン! 丸太に何かを突き刺すような音だ。何だろうかと丸太に近づいてみると。





 ゴブリンが弓で丸太を的にして遊んでいた。しかしこの立ち位置では当然、相手にも気づかれたので、その目標はウチに向けられた。


「させるか!」








 丸太を蹴飛ばすと、その先は下り坂。次々と土煙を上げて坂を転がる丸太。ゴブリンは逃げる間もなく丸太に踏まれ、吹き飛ばされたのであった。


「っていうか、弓矢の的にして遊んでた時点で危ないって分かんなかったのかね」



 危険だと分かっていても無謀にも挑むのは若さの証。ウチも単身突撃したら敵の巣でフルボッコにされたこともよくあったしなぁ。お、そんなこと考えてたら広いところに出たぞ。





 ゴブリンにしてはずいぶん良い装備してるな。さっきの弓で遊んでいた奴以外は良くて錆びたナイフ。素手で向かってきた奴もいたことから考えると、こいつはこの巣の戦士とかか? でもな。






「装備が良くても2発で沈むんだよオラオラァ!」



 ゴブリン戦士は他のゴブリンと同様、炎魔法2発で終了。斧だろうが盾だろうがお構い無しだ。脇にもいた普通のゴブリンも難なく倒す。こいつは窪みにあるネズミの檻を見張っていたらしい。そばには丸焼きにされているネズミもある。こいつら、ネズミが食料なのか……しかも食用に飼っていたり、ゴブリンの癖に意外と文明的だな。

 そんな中、ひときわ明るいところに別のゴブリンの影を見た。杖のようなものを持って祈りをささげているようにも見える。例えるなら部族の酋長のような姿だが、ウチの知ったこっちゃない。横から失礼して。


「先手必勝!」






 2発立て続けに炎を放つが、酋長は倒れなかった。酋長だけあった体力があるのか、はたまた魔法に耐性があるのか。身を翻しながら酋長が魔法を唱えた。途端に酋長の火傷が癒えていく。


「癒しの魔法か!」



 ウチが与えた分だけ癒していく"いたちごっこ"。しかもちょこまか逃げ回るから照準が定まらないが、それでも崖っぷちまで追い込んだ。もらった。そう思ったとき、酋長はその杖を振りかざした。





 轟音と共に衝撃が走った。今のは雷の魔法か? 体の痺れがそれを実感する。あんなのを立て続けに打ち込まれたらたまったものではない。当たりが悪けりゃ、それこそ一時的に身動きが取れなかったかもしれない。だが2撃目は来なかった。





 雷が飛んできたと同時に放ったウチの炎が酋長に当たっていたらしい。酋長は崖の下にいた。その体はネズミの餌になることだろう。ウチはその雷の杖を拾い上げて先に進むことにした。そうそう、酋長が祈りをささげていたところには宝箱があり、小さな宝石や金塊が入っていた。ラッキー。







 扉を抜けると行き止まりの部屋だった。壁に大きな穴があいているほかには何も無い部屋。何か意味があるのか、ここ? 穴の向こうは、先ほどまで居た神殿風の造りが見える。正規のルートではないが回り道になっていたらしい。


「守りやすい地点を見つけて、助けが来るまで皇帝をお守りするのだ」







「助け? 暗殺者どもがこんなに多く入り込んでいるのに、助けがくると思うか? 我々が皇帝をお守りするのだ」



 それを証明するかのように、目の前を皇帝御一行が進んでいるのが見えた。階段が無いので飛び降りると同時に扉が開け放たれ、暗殺者が襲い掛かっていたが瞬く間に切り伏せられていた。暗殺者、数だけで中身は弱いな。

 兵士たちがこちらに気づくと、カタナを抜き身のままこちらに向かってきたが、何かおかしい……あ。


「畜生、またあの囚人だ! 殺せ! 暗殺者の仲間かもしれんぞ」



 やっべ、そういえばウチ、こいつらと同じローブを着てたんだった! ま、待て、話せば分かる!






「いいや、この者は一味ではない。彼女は我々を助けてくれるのだ。いや、助けねばならないのだ」



 その一言で兵士はカタナを納めた。やばかったぁ。そういやローブに着替えたのって、彼らがいなくなってからだったもんな。たまたま居た囚人と別れたと思ったら、今度は暗殺者と同じローブを着てやってきました。そりゃ疑うという以前の問題だわな。


「彼らには私がそなたを信じる理由が分からないだろう。そなたを初めて見たのだから。何と説明すればよいか」



 そういえば皇帝、最初に会ったときに「夢で見た」とか言ってたな。どういう夢かは知らんが。Blades(ブレイド)顔負けで暗殺者から身を挺して守る騎士役だったんなら信じるんだろうな。むしろ濡れちゃうわ。


「よく聞くのだ。Nine(ナイン)を知っているか? Nine(ナイン)はいかにして、その見えざる御手で、我らを導いているのだろうか?」



 Nine(ナイン)? 聞いたことナインですが。あ、いや、シャレでも何でもなく。適当に「考えたことナインです」って答えたら兵士がカタナの柄に手を当てていた。


「私は生涯Nine(ナイン)にお仕えしてきた。そして、天の運行から自分の進むべき道を決めてきた。天空には無数の光が瞬き、その1つ1つが炎であり、その全てが啓示なのだ。私は星座についえよく知っている。そなたは…どの星の下に生まれてきたのだ?」



 ウチは神は信じないが、星の力には興味があるな。明日の夜は今日と同じ星空だが、一月後の星空は少し位置がずれている。一年後の星空は一回りして今日と同じ星空だろう。一体どういった原理で動いてるのかはまったく分からん。何らかの力が働いているんだろう。そういった星の力が人に力を与えるという考え方、あってもおかしくはないんじゃないかな。


「星座ってどれだけ種類があるんですか?」

「13の星座が我々を見守っている。弟子座。淑女座……」

「淑女座です(キリッ」






 全部聞くまでも無い。ウチは淑女だ。誰が何と言おうとも。ナデシコ座があればナデシコ座だろうし、乙女座があれば乙女座だ。






「星々は我が終焉を告げていた。私の死は必然であり、間もなく訪れるであろう。私の星座とは違うのだな。淑女座は栄光を探す旅においてお前に力を与えてくれる。私が助かる夢を見ることは遂になかった。夢は常に私の死で終わっていた。だが、そなたの顔には太陽の輝きが見える。Akatosh(アカトシュ)の栄光の光が、迫り来る闇を振り払ってくださるかもしれない。その望みが、そして、そなたが協力を誓ってくれれば、思い残すことは無い」



 予言と遺言。わしはもうだめじゃ、後は頼んだぞ…ぐふっ。的な展開がお望みか。そんなもの知ったこっちゃねぇ。やりたきゃ自分でやりな。ウチはここから出たら国に戻る術を探すんだ。言い換えれば、ウチここから出られたら結婚するんだ。そりゃ死亡フラグか。


「あなたが夢が正夢になるんじゃないかと恐れてるのは分かるがな」

「私に勝機は無いだろう。だが、十分に生きた。未練など無い。人間は肉と血に過ぎない。死の運命を知っていても、それがいつなのかは知らない。それを思えば、自分の最後の時が分かる私は恵まれている……私は与えられた運命を受け入れ、果てるまでだ」



 自分の死期を悟った老人の覚悟か。永遠の18歳のウチにはまだ分からんことだな。

 フッとあたりが暗くなった。ウチが持っていた松明が消えたようだ。長い間使っていたからな、染み込ませた燃料が燃え尽きたんだろう。若い方の兵士が懐から松明を出そうとしていた矢先、もう一人の兵士が抜刀して駆け出した。






「陛下をお守りしろ!」



 無茶だ。最初の襲撃も先ほどの襲撃も3~4人でまとまって襲ってきてた。そういった小隊を各所に配置してるのだろう。いくら腕が立つとはいえ、多勢に無勢だ。若い方の兵士も慌てて駆け出そうとするが間に合うか?

 しかし現れたのはたった一人の暗殺者。1対1なら相手にもならず、一刀で決着が付いた。ここにきて単独での襲撃? いや、さっき何があった? 松明が消えた。ウチらに言わせりゃ、染み込ませた燃料が切れたから。相手から見たら? 自分の存在に気づかれたから松明を消したんじゃないか? となると奴らは分散して配置されていたということか?

 ウチは反射的に前に出ていた。暗殺者を切り伏せた兵士がカタナを納めようとしていたのを手で合図し、目配せする。皇帝と若い兵士は状況が飲み込めなかったようだが、こちらは感づいたようだ。この先、左手が明るく、その先に扉があるようだ。逆の右手は暗くなって良く見えない。隠れて待ち伏せるならそこだ。ウチはこの兵士に互いの靴を指差すジェスチャーを取る。兵士のは金属靴だが、こちらは暗殺者の装備をそのまま頂戴したので暗殺者の靴をそのまま頂いている。すなわち、靴の足音が暗殺者と同じということだ。

 この兵士はすかさず後ろを振り返り、人差し指を立てて口に当てた。"静かにしろ"と。それを確認した後、ウチはその右手の暗がりに向かって歩き出した。人がいる気配はしない。殺気も感じられないが……なんとも言えない緊張感がある。1歩1歩。右手の暗がりを前にしたとき、わざと腕を大きく振るう。向こうからは一瞬だが、この赤いローブの袖が見える程度に。そしてそのまま姿をさらけ出す。

 居た。それに気づいたウチは軽くうなずく。例えるなら"(襲撃が)上手くいった"とでも言うかのように。それを見た暗殺者……2人居たが、一瞬判断が鈍った。同じローブを着た、しかし見たことの無い女が、しかし上手くいったと言わんばかりのジェスチャー。その一瞬で十分だった。

 こちらはウチがうなずいたのを確認した瞬間、兵士たちが走り出していた。奴らは武装を召喚する際、一瞬の隙が出来てるのを確認している。一瞬の判断の遅れと武装召喚の一瞬の隙。暗殺者のうち1人は初めから武装を召喚していたが、もう1人はローブのまま、慌てて武装を召喚しだすが、既にこちらの兵士が切りかかった。





 既に召喚していた方の斬撃をかわし、召喚が済んでない方の頭にカタナを振り下ろした。武装が済んでも一撃や二撃で沈む一刀だ。布のフードだけでは防ぎきれずに事切れる。仲間を殺された暗殺者がすかさず切りかかるが、それはこちらに背中を見せること。思いっきり炎の玉を打ち込んでやると背中に直撃。体勢の崩れたところに横一閃。

 もともと不意打ちでさえなければどうってことのない相手だ。不意打ちしようとしてたら不意打ちされたんだ、相手にすりゃならんよ。初めてにしちゃ良いコンビじゃなかったかい?


「おお、まさに夢で何度も見てきた光景だ。幾度と無くこの光景を」



 皇帝、空気嫁。初めてだっつってんだろ。初めてのコンビでここまで出来りゃ上出来だよ。しかし、いつ襲撃が来るプレッシャーは解き放たれたらしい。出番の無かった若い兵士の緊張の面持ちは和らいだようだ。

 無事、この襲撃も乗り越え、次の道へと進んだ。扉の先は、天井の高い空間になっていた。まずいな。上るには不都合だが下りて襲撃するにはぴったりのところに扉がある。平面的にはただの十字路だが、下手に進むと挟み撃ちになりやすいところだ。


「ここでお待ちください。私が安全を確認してきます」



 いつの間にかウチのコンビになった兵士、名をGlenroy(グレンロイ)と言う。さっき聞いた。もう一人の若い方はBaurus(バウルス)だそうな。

 あたりを警戒しながら歩を進めていくGlenroy(グレンロイ)。ウチも少し後ろをついていく。皇帝とBaurus(バウルス)は、入ってきた扉の前で待っている。左の高台に扉が一つ。正面は小部屋か何かか、通路の先に壁が見える。右手が明るくなって、忌々しい格子の扉がある。目的地はそっちの先らしい。右に目的地、左に襲撃しやすい高台。もちろん注意はそちらに向けられている。が、特に気配は無い。あってもおかしくは無いが注意を続けたほうが良さそうだ。切り出したのはGlenroy(グレンロイ)だった。






「安全を確認しました。参りましょう。もう少しで出口です」



 後ろに手で合図する。襲撃が無いとは言い切れないが、黙っていても仕方が無い。引き続きあたりを警戒しながら十字路を右へ向かう。格子の扉に向かって鍵を出したGlenroy(グレンロイ)が急に吠えた。


「何てこった! 門が向こう側から閉じられている。罠か!」



 押して開く扉の向こうにつっかえ棒のようなものが見える。動かすにはこちらからは難しそうだ。


「そっちの通路はどうだ?」

「それしかないか、行くぞ!」






 先ほどの壁が見えた方、十字路の正面の通路に足を運ぶ。罠の可能性は十分ある。しかし今はそれしか道が無い。引き続き高台を警戒しながら進んでいくと……やはり小部屋だった。しかもご丁寧に意味の無い、行き止まりの。こんな造り多いな、ここ。だが逆を言えば入り口は一つ。通路も狭い。ここで陣取れば大人数に踏み込まれることも無い。……逃げも出来ないが。


「行き止まりだ。何か作戦は?」



 高台に上るか。だが目的地とは逆方向だ。戻って何とかして扉を開けるべきか。だが敵さんは、考える猶予は与えてくれないようだ。音がした、高台の扉が開いたであろう音が。






「奴らが追ってきた! ここでお待ちください、陛下」

「陛下とここに残れ。命に代えてもお守りしろ」



 Glenroy(グレンロイ)とBaurus(バウルス)は十字路に駆け戻り、こちらの通路をふさぐようにして構える。ここからでは敵の数は分からない。Baurus(バウルス)が敵に一歩踏み込んだ隙を突いて、1人こちらに向かってきたが、Baurus(バウルス)が身をひねって背中に切りつけた。そこにウチの炎がぶつかり、踏み込んできた暗殺者にお帰りいただいた。そのとき、唐突に皇帝が何か渡してきた。






「アミュレットを受け取れ、Jauffre(ジョフリ)に渡すのだ。彼は私の最後の息子のことを知る唯一の人物だ」



 見るとウチの手に握られたのは、皇帝が身に付けていた赤いアミュレット。


「彼を探せ。そしてオブリビオンの顎(あぎと)を閉じてくれ」







「ぐおおおおぉっ!!」



 Glenroy(グレンロイ)がこちらに踏み込もうとした暗殺者の襟首を捕まえて引きずり倒しているのが見えた。向こうはそろそろ片が付きそうだと感じ、皇帝の夢は杞憂に終わりそうだ。ウチがアミュレットを持つ意味も無いだろう。そう思って皇帝に向き直った。







 一瞬の出来事だった。さっき皇帝と話していたときにはただの壁だったところに穴が開いていた。音も無かった。そこに居たのは武装の召喚が終わった暗殺者。そして瞬く間に……皇帝を背後から切り伏せた。


「お前もSeptim(セプティム)一族と運命を共にするのだ」



 やばい、近すぎる! そう思ったときには腹にメイスの一撃を受けていた。くそっ、ウチが超近接肉弾騎士の経験を持っていなかったら、後ろに飛んで衝撃を吸収し切れなかったぞ。そんなことをお構い無しで暗殺者は次の一撃のため、メイスを振り上げていた。いかん、頭はまずい!


「ぬおぉっ!」



 間一髪、カタナの一閃が暗殺者の背中を切り裂いた。助かったよ、Glenroy(グレンロイ)……。






「何という事だ……Talos(タロス)よ、我らをお守りください……」



 違った、Baurus(バウルス)だった。二人とも同じ鎧だから、顔を見ないと区別が付かん。しっかしさっき殴られた腹が痛い。やっぱ鎧着けてないとキツイな。






「我々の責任だ。いや、私の責任だ…我らBlades(ブレイド)は皇帝をお守りすると誓った。だが皇帝も皇太子も殺されてしまった。……アミュレットだ、王者のアミュレットはどこだ? 陛下は持っておられぬ」

「ウチが持ってる。皇帝から……預かってる」



 そう言って片手で包みきれない大きさのアミュレットを見せる。それを見たBaurus(バウルス)は安堵の表情を浮かべた。


「不思議だ。皇帝はお前の中に何かを見ていた。お前を信頼していた。竜の血族というヤツかもしれない。Septim(セプティム)の一族には、その血が流れている。常人には見えないものが見通せるのだ」



 ああ、そういう力があると嘯いて、血を濃くするために近親相姦を繰り返したという変態エピソードを思い出したぞ。もっとも、この皇帝はホンモノの力があったようで、自分が見た夢の通り忠実に死を迎えたわけか。まさか背後からぶっ倒されるのは分からなかったんだろうな。この小部屋が終焉の地だと分かっていたのか。だから、ここでアミュレットを……。


「王者のアミュレットは帝国の聖なるシンボルだ。赤色竜の王冠をシンボルと勘違いする物は多い。だが、それは単なる飾りだ。王者のアミュレットには特別な力が備わっている。その血を受け継ぐ真の後継者だけが身に付けられるそうだが。陛下は何か考えがあって、お前に託したのだ。何か仰ってなかったか?」

「何でも、Jauffre(ジョフリ)という奴に渡せって……」

「Jauffre(ジョフリ)? 陛下がそう仰ったのか? なぜだ?」



 この反応からすると、Baurus(バウルス)はそのJauffre(ジョフリ)という奴を知っているようだ。


「最後の息子が居るって。Jauffre(ジョフリ)はそれを知っていると」

「まったくの初耳だ。だが、Jauffre(ジョフリ)なら知っているだろう。我が騎士団のグランドマスターは彼なんだ」



 なるほど、自分ところのお偉いさんか。そりゃBaurus(バウルス)も知っているだろうし、そういう立場の人間なら秘密の一つや二つ知っててもおかしくは無いか。だが、そんなお偉いさんにどうやって会えっていうんだ? と、考えているのを見透かしたBaurus(バウルス)が答えを出した。


「だが、気負う必要は無い。彼はChorrol(コロル)郊外のWeynon Priory(ウェイノン修道院)の僧侶として静かに暮らしている」

「そう、そこへの行き方は?」

「まず、ここを脱出するのだ。あの扉を抜けると下水道の入り口に出る。その先には鍵のかかった出口がある。そこが我々の目指していた場所だ。それは帝都の外に通じる秘密の通路だ。あるいは、もう秘密でなかったのかも知れんが。さあ、下水道へ続く扉の鍵だ」

「下水道?」

「この先、ネズミとゴブリンがいるが…見たところ、お前は「魔女狩り士」としての経験を積んでいるようだな?」

「いや、バリバリの超近接肉弾型騎士」

「ウソつけ、お前の戦い方は魔法使いに近いやり方だ」



 Baurus(バウルス)はウチが騎士には見えないらしい。お前、ウチが牢に入れられたときに没収された物を見たこと無いから言うんだろ。ウチは純騎士だぞ。そりゃ、何か知らんが魔法使えたから使っていただけで、ウチが魔法使いなら自分の国までテレポートしてるさ。……テレポート?


「なあ、瞬間移動とか出来る魔法ってあるのか?」

「何だそれは? そんな魔法があるなんて聞いたことが無い。第一、そんな魔法があるなら真っ先に皇帝を逃がしていたさ」



 そりゃごもっともだ。この国にはそういった魔法が無いのか。なら、どうやって帰るべきか……。


「ただ……魔法大学へ行けば何か資料があるかもしれないな。あそこにはCyrodiil(シロディール)中の魔法を研究しているところだからな」

「魔法大学……か」



 そこに行けば何か分かるかもしれないな。少なくとも、騎士でいるよりは確実に近づけるだろう。ならば、迷うことは無い。


「ウチは、魔法使いになる!」






「そうか、大体予想は近いところだったな。お前ならネズミやゴブリンなど相手では無いだろう」



 ああ、たっぷり焼いてきたからな。魔法で。……そういえば、あの女隊長からくすねたカタナ、1回も使わなかったな。ウチがカタナに視線を向けると、Baurus(バウルス)もそれに気づいた。


「それとCaptain Renault(ルノー隊長)の剣を取り戻してくれて感謝する。剣はブレイドの名誉の殿堂に納められるだろう」






 へー。そんなのがあるんだ……なに? 何この雰囲気。このカタナはウチが拾ったんだからウチのものハイハイわかったわかった、渡せばいいんだろ。





 くそっ、試し切りでもすれば良かったな……。ウチからカタナを受け取ると、Baurus(バウルス)は腰に"3本目"のカタナを差した。


「……Baurus(バウルス)」



 ウチがその事に気づいたのを察したBaurus(バウルス)は、ただ静かに首を振った。そして懐からいくつかの巻物……魔法のscroll(スクロール)をウチに差し出した。


「Glenroy(グレンロイ)が持っていたscroll(スクロール)だ。お前が魔法使いなら、問題なく使いこなせるだろう」



 他人の治癒、照明、スケルトンの召喚……なぜか知らないけど使える気がする。いや、使わなきゃならないんだ。そのうちの一つをめくってみた。


「・・・・・。読めん」

「お前…ああ、異国から来たとか言っていたか。ならCyrodiil(シロディール)の文字が読めなくても仕方ないか。だがscroll(スクロール)ってヤツは文字を読むものじゃない。心で感じるものなんだ。試しに手をかざしてみろ」



 Baurus(バウルス)に促されるまま、読めない文字のscroll(スクロール)に手をかざす。何だ、これは。上手く説明できないが、勝手に頭の中に入ってくるような……むしろ、初めから知っていたような感覚だ。


「成功だな、別な意味で。Cyrodiil(シロディール)に住む人間のほとんどはscroll(スクロール)をそんな使い方をしない。1枚のscroll(スクロール)は1回の魔法効果をもたらさない。だが、たまにお前さんみたいにscroll(スクロール)を吸収するヤツがいるんだ。俺が知ってる限りではお前さんが2人目だ」

「そうなのか。いや、なんとなくこうすれば覚えられる、ってのがわかったんだけど。……で、もう1人ってのは?」

「Hannibal Traven(ハンニバル・トラーベン)」

「誰だそれ?」



 ウチの言葉が意外だったのか、Baurus(バウルス)は驚いたような顔をした。


「魔法使いの癖にHannibal Traven(ハンニバル・トラーベン)を知らないって? まさか! いや、異国から来たって話だしな。知らなくても無理は無いか。Hannibal Traven(ハンニバル・トラーベン)は魔術士ギルドのグランドマスター。大魔術士殿のことさ」

「どこに行けばそいつに会える?」

「魔術士ギルドの総本山。すなわち魔法大学にいるよ。ああ、ただ魔法大学はギルド員以外は基本的に立ち入り出来ないんだ。もしお前さんがHannibal Traven(ハンニバル・トラーベン)に会おうとするのならば、魔術師ギルドに加入する必要があるな」



 なるほど。ウチと同じようにscroll(スクロール)から魔法を習得できる男。しかもそいつは魔術士ギルドのトップにいるわけか。そいつなら何かしっていそうだな。


「だが先にやらなきゃならないことがあるだろう? そのアミュレットをJauffre(ジョフリ)の元に届けるのだ。危険は犯すな。だが、Weynon Priory(ウェイノン修道院)に可能な限り急げ。いいか?」

「ああ、わかっている」

「よし。陛下の信頼は間違っていなかった」



 ウチにはウチの事情がある。それは何物にも最優先されることだ。だからといって背負い込んだ責務を投げ捨てるような真似はウチには出来ない。騎士から魔法使いになったとはいえ、騎士の心構えまで捨てた気は無い。もともと持っていたかどうかは定かじゃないがね。


「Baurus(バウルス)は? これからどうするんだ?」

「私はここに残り、陛下のご遺体をお守りする。そしてお前の後を追うものがいない事を確認しよう」

「そうか。だけど、一つだけ確認させておくれ」



 そういってウチは、十字路に戻った。激しい戦闘の後が床や壁の傷跡から垣間見える。が、肝心なのが見当たらない。暗くてよく分からないしな。松明は切れたし……。ふと、先ほど覚えたscroll(スクロール)の中に照明の魔法があったことを思い出した。早速使ってみようか。頭の中で照明魔法を使うことをイメージして、手を高く掲げた。あたりが緑色に輝くなか、肝心なのは柱の影にあったようだ。そちらにぐるりと回り込む。





 相打ちだった。Glenroy(グレンロイ)は最後の最後まで騎士として戦い、散っていった。短い、本当に短い付き合いだったが、通じ合うものがあった。彼の剣も一緒に名誉の証として奉られるそうだが、ウチに出来ることは、この相棒の冥福を祈るだけだった。


「戦士と騎士の違い……戦士は己が為、騎士は汝が為。ウチは何のために騎士になったんだっけかな」



 ふと、誰かの顔が浮かんだ。


「んじゃ、Glenroy(グレンロイ)。行ってくるよ」







コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ひなみこと

Author:ひなみこと
昔:セクハラ騎士
今:セクハラ(される)魔術士

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス数(5/30設置)
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR